2012/03/05

事象の地平線

学生を卒業するまで親と同居していた自分は、
就職と同時に独身寮に入ることとなった。
起床能力の著しい欠如は十分に自覚していた。

会社員となれば遅刻など許されるはずもなく、
一人暮らしを始めると同時に目覚まし時計を購入した。
いかなる状況でも起きられるよう大音量を奏でるものを。
いかなる攻撃にも耐えうるヘビーデューティーなものを。

購入した際に付属していた電池はマンガン電池。
徐々に電力が無くなっていくマンガン電池による時刻の狂いを嫌い、
購入と同時に単2アルカリ電池を2本セット。
たかが目覚まし時計に単2電池を2本。
その事実がこの時計の質実剛健さを物語るというものだ。

あれから5年10年と時は過ぎゆくが、
この時計は一向に時を刻むことを止めない。
この時計が動き始めてからいったい何年経つというのだろう。
そのうちピタリと止まって寝過ごしてしまうのではないか。
その恐怖に打ち克つことが出来なくなった自分は、
この時計を目覚まし時計として使うことを止めた。


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ブラックホール近傍の空間はあまりに強いその重力のために大きく歪められ、
あまり近付きすぎると光でさえも脱出できなくなってしまう。
その黒い球体のように見えるブラックホール表面を事象の地平線という。
重力が強いということは一般相対性理論より時間の進みが遅いということになり、
事象の地平線上では、時間は完全にストップする。
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今日、この目覚まし時計が、時を刻む事を止めた。
部屋の片隅で、静かに、事象の地平線に到達した。

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